鏡で見る怖い話

第一話:合わせ鏡の悪魔

これは都内に住む30代前半の女性・Aさんが

語ってくれたお話です。

Aさんの家は代々、霊感の強い人が生まれやすいそうで、

特にAさんのおばあちゃんはケタ外れ。

その血を色濃く継いだのがAさんでした。

これはまだ、Aさんが幼かった頃のできごとです。

「正直、記憶は曖昧なんですけどね」と、

語りはじめたAさんでしたが、

記憶を丁寧に探り出し、言葉を選びながら

話を進めていく様子は、それが、Aさんにとって

紛れもない実体験だと言うことを確信させました。

Aさんの実家は東京の下町にある昔ながらの木造家屋。

ネズミがたくさん出て、困っていたそうです。

そこで、おばあちゃんが夜のうちに罠を仕掛けて

毎日のように駆除にはげんでいました。

この駆除の仕方がちょっとショッキングで、

朝、ネズミが罠にかかると、おばあちゃんは

バケツに熱湯を満たし、

罠ごとネズミを沈めていく……というものでした。

Aさんに聞いてみると、

「まあ、この駆除自体はいつもの風景だったんで」と、

祖母のネズミ殺しについては

特に気にすることもなかったそうです。

で、ここに、祖母の強力な霊感を全く受け継がなかった

Aさんのお母さんが登場します。Aさんの母は、

割と日常的に“見えがち”なAさんを気遣うこともなく、

けっこう怖い話をしてきたりしたそうです。

お母さんは、あるとき、

ふと、こんなタチの悪いおとぎ話をしました。

「合わせ鏡ってわかる?」

「うん」

「あれはとても危険なのよ」

「………そうなんだ……」

「特に夜の合わせ鏡には気をつけなさい」

「どうして?」

「12時ちょうどになると、合わせ鏡の中を悪魔が通るからよ」

「えええ……なにそれ!?こわいよ」

幼い頃から日常的に人ならざるものというか、

他の人が見えないものの存在を身近に感じてきた

Aさんにとって、「悪魔」というものの存在は

それなりにリアルで、普通の子どもが抱く悪魔に

対する恐怖とは少し違ったモノだったのではと思います。

とにかくAさんは合わせ鏡を怖がりました。

しかし、同時に、「悪魔」という響きに、

いい知れない好奇心が湧いたと言います。

そしてAさんは、あるアイデアを思いつきました。

夜、こっそりと2枚の鏡を用意し、

その間にネズミ捕りの罠を置く。つまり、

悪魔を生け捕りにしようと考えたわけです。

この話を聞いた時点で、聞き手である私はとても

「嫌な予感」がして、少し鳥肌立ちました。

そして、翌朝。朝起きて怖さ半分、

ワクワク半分でネズミ捕りを見に行くと、

もうすでに祖母が起きており、罠を手に取り、

熱湯バケツにしずめようとしているという状況でした。

「慌てておばあちゃんの手元を見たら、

 明らかに様子がおかしかったんですよね」

その一瞬、Aさんが垣間見た罠の中にいたそれは、

真っ黒で、大きくて、毛並みも刺々しく、

とてもネズミだとは思えない生き物だったそうです。

「あのとき、その生き物と目が合った気がするんですよ。

 燃えるような赤い色をした大きな目でした。

 距離感的にも、大きさ的にも、

 あり得ないんですけどね……目が合うなんて」

その正体を確認する勇気が持てなかったのは、

おばあちゃんは、それがどんな危険な存在かわかっていて、

すごく怒られる……と、直感的に思ったからだそうです。

そしてなにより、僕を「ぞくり」とさせたのは、

Aさんが最後に語ったことでした。

「合わせ鏡に使った鏡なんですけど、

 2枚とも真ん中から亀裂が入って、真っ二つに割れていて、

 カーボンで塗ったみたいに真っ黒になってたんですよね」

この件からしばらくの間、おばあちゃんは、

家中の鏡を、使う時以外は白い布で覆っていたそうです。

第二話:バックミラーの女

次のお話は、東京郊外の大学に通う女子大生、

Bさんから聞いたお話です。

あるとき、Bさんは、仲のいい男の子といっしょに

河口湖までドライブに行きました。

車を持っているのも、免許があるのもBさんだけだったので、

当然ながら運転はBさん。

そしてその帰り道、Bさんは“それ”と出会いました。

「とにかく、こっちが気づいていることに

 気づかれたら終わりだと思ったんですよ」

そう笑顔で語るB さんの目はあまり笑ってはいませんでした。

帰路に使用した「道志道」は、典型的な峠道でした。

夜も更けて、助手席の男の子もウトウトとし出したころ、

Bさんは“それ”の存在に気づいたそうです。

「存在って言えるほど、明確な感じじゃないですけど、

 ああ、なにか悪いモノがいると、漠然と感じたんですよね」。

腕に立った鳥肌をこすりながら、Bさんは話を続けました。

「とにかく、なにか非常に危険な気配がしました。

 その気配の発生源を探ると、それが室内のバックミラー

 であることに気づいたんですよ」

見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな見るな

Bさんは、本能的に「バックミラーを見たらまずいことになる」

と感じ、極力前だけを見て運転を続けました。

が、身体に染みついた運転のクセが出て、

あるカーブでバックミラーをしっかり見てしまったそうです。

「しまった!と、思いました……」

バックミラーに写っているのは、後続車のライトとシルエット。

暗い夜道です。当然、運転席の中などは見えるはずもありません。

しかし、運転席は闇の中で見えないのに、

後部座席に“それ”がいるのがはっきり見えたんだそうです。

「光っているとかそいういうことじゃないですが、

 闇の中に白い人型の“なにか”がぼんやりと浮かんでいる。

 とにかく、その気配の不吉さがすごかった」

慌てて目線を外したBさんは、もうひとつのことを直感

しました。

「“あれは女だ……いや、女だったなにかだ”と、漠然と

 思ったんです。

 ものすごい人数の女に、憎しみのこもった目で

 にらみつけられいるような感覚というか……

 とにかく、まき散らしている負の感情が、嫉妬とか、

 独占欲とか、そういう、“女に向けられた女のもの”だと

 思ったんですよね」

このとき、Bさんの中でひとつの判断が下されたと言います。

「“見えていることを悟られてはならない”と、思いました。

 悟られたら私のクルマに“移ってくる”。そんな確信が

 あったんです」

だからBさんは、アクセルを踏み込んで逃げ出したい気

持ちを必死で抑え、

スピードを一定に保ちながら、何度もカーブを曲がりました。

そして、ようやくコンビニを見つけたBさんは、

極力自然にウインカーを出し、ハンドルを切り、静かに

駐車場に入りました。

そして、問題の後続車の通過を確認してからようやく車

を停めました。

息も絶え絶えで、全身が脂汗に覆われていたそうです。

ようやく目を覚ました助手席の男の子は不思議そうに

「なにがあったの?」と聞いてきましたが、

もう、答える気力もありませんでした。

「ちょっとトイレ行ってくるね」

気持ちを切り替えるつもりでコンビニのトイレに行き、

用を足して、洗面所で手をぬらし、

目を閉じて、その手で顔を冷やしたBさん。

顔に当てた手を下ろし、「ふう」と深呼吸をして、

鏡の中で白くなっている自分と目が合いました。

が、すぐに、自分の右肩あたりに違和感を感じて、

そのまま鏡を凝視しました。

「見間違えだった……と信じたいんですけどね」

そこには距離感も光源も無視して、

先ほど振り切ったはずの“なにか”が忽然と在り、

Bさんにむかって「にやあ」と笑ったように見えたそうです。

「!!!」

声にならない絶叫とともに、コンビニを飛び出したBさん。

その直後、「きゅるきゅきゅるきゅるっっっ」という、

タイヤのスリップ音が山中に響き渡り、

ややあってガラスが砕け散るような音が聞こえたそうです。

その後の帰り道でBさんが見たものについては、

最後まで教えてもらえませんでした。